バンド名は誰の口癖から?

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1966年5月16日、ジェフ・ベックのソロ・シングルの録音のため、ジェフとジミー、ジョン、ニッキー、キースの5人によるセッションが行われました。

このセッションはとても充実したものだったそうです。

そのために5人中4人は、このままバンドとしての活動をすることを希望しましたが、ジョーンズが乗り気でなかったことと、いいシンガーが見つからなかったことを理由にその計画はなくなったそうです。

その時にムーンが「もしも俺たちが今いるバンドを辞めたら、きっと向こうは鉛の風船みたいに急降下だろうぜ、いや、鉛の飛行船(lead zeppelin)かな?」と発言したことによって、このバンド名が誕生したそうです。

この「going like lead Zeppelin」というセリフは、ムーンの口癖だったそうですよ。

New Yardbirds featuring Led Zeppelin

1968年10月15日、サリー大学でのイギリス初のコンサートではNew Yardbirds featuring Led Zeppelinと名乗っています。

ヤードバーズはアメリカのマディソン・スクエア・ガーデンでコンサートをしたほどのビッグ・ネームでしたが、古いポップグループのイメージが残る名前と決別したかったため、改名したといわれています。

ヤードバーズの音楽性を継承しつつも、ブルースベースのハードロックをより推し進めた彼らの1stアルバムにおける音楽性について、同じミッキー・モスト・プロダクションにいた(第一期)ジェフ・ベック・グループがヒントであったといわれることがあります。

ジェフ・ベックはツェッペリンのステージを見て「あれは俺のパクリだ」と言ったらしい・・・。

しかし、ツェッペリン結成時の状況をみると、音楽性が似通っていることは偶然であった可能性もありますよね。

結成までの長い道のり

そんなこんなあった後に・・・

すぐにテリーから「シンガーを見つけた」とペイジに連絡があります。

テリーはバクストンで共演したバンド・オブ・ジョイで歌っていたロバート・プラントを推薦しました。

ペイジも納得してロバートを引き抜き、今度はロバートがバンド・オブ・ジョイにいたことのある

ドラマー、ジョン・ボーナムを推薦します。


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ボーナムはプラントの紹介でアメリカのシンガー、ティム・ローズの UKツアーに参加しており、

そのステージを見たペイジは、彼をバンドに加えることを即決!

ですがボーナムは当時バンドへの加入を頑なに拒んでいたため、プラントとグラントの2人で

電報を打ちまくって説得!半ば強引にツェッペリンに加入させたといわれています。

しかし、ドレヤがメンバー探しの途中にカメラマンになりたがり脱退・・・。

そこで前からペイジと知り合いだった、ベーシスト兼キーボーディストのジョン・ポール・ジョーンズ

を誘います。

そして ヤードバーズとしての契約が残っていたスカンジナビア・ツアーを

New Yardbirdsと名を改めて決行!

この時すでにレッド・ツェッペリンのデビューアルバムの曲が演奏されています。

メンバー探し

ヤードバーズは1968年7月7日のコンサートを最後に、キース・レルフとジム・マッカーティが脱退・・。

クリス・ドレヤとペイジは同じミッキー・モスト・プロダクションにいたテリー・リードとプロコル・ハルムのB.J.ウイルソンをメンバーに誘いますが、テリーには自らのバンドのアメリカツアーが決まっていたため断られ、ウイルソンにはプロコル・ハルムが成功しているとして断られました。

メンバーを探すのにも一苦労です^^;

ジョン・ヘンリー・ボーナム

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ジョン・ヘンリー・ボーナムは、イギリスのミュージシャン。
ロックバンド、レッド・ツェッペリンのドラマー。

その死後も、当代のロックドラマーたちに大きな影響力を達し続けている名ドラマーです!
あだなは「ボンゾ」、ゾンビじゃないですよ!
息子さんは、ロックドラマーのジェイソン・ボーナムなんですよ~。
親子ともにドラマーなんてカッコいいですよね!

独特のグルーヴ感、タイム感を持っていて、そのヘヴィなドラムスでツェッペリンの音楽に中心的な役目をしていますね。先頭に立って引っ張っていく要素ですね。

今でも沢山のドラマーに影響を与え続けている偉大なアーティストです!尊敬します!
彼のドラミングはヒップホップシーンにおいてすら言い伝えとなっているんですよ~~。

と、書いていますが1980年に亡くなっている方なんです;;

結成

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スタジオ・セッション・ギタリストを経てエリック・クラプトン、ジェフ・ベックに続く、ヤードバーズ最後のリードギタリストとなったジミー・ペイジ。

バンドの録音を体験するうちに、レコード制作に求められる心がけや信念やボーカリストの重要性に目覚めて、偶然というのも加わってオーソリティーともいえるそれぞれのパートのメンバーを集めて結成されました!
本当に偶然が重なって、そして個性的な仲間も集まってと・・・・。
運命的ですよね^^

ジョン・ポール・ジョーンズ

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ジョン・ポール・ジョーンズは、イギリスのミュージシャン。
ロックバンド、レッド・ツェッペリンのベーシスト。本名はジョン・ボールドウィン。愛称は「ジョンジー」。

ベースだけではなく、幅広い楽器を好み、卓越した技術と安定した演奏力でツェッペリンの演奏を支えまました!!

今では、アレンジや若手バンドのプロデュースの仕事に、ライブを行ったり、自分のソロアルバムをリリースしたりと気ままにマイペースに活動していますよ~^^

ロバート・アンソニー・プラント

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ロバート・アンソニー・プラントは、イギリスのロックシンガー。レッド・ツェッペリンのリードヴォーカリストとして特に有名である。レッド・ツェッペリン時代のニックネームは「パーシー」。

その神がかり的な広い音域を自在に操る歌唱力、凄まじい声量、美しいルックスで世界中のロックファンを震撼させたが、喉を痛めた1973年以降は初期のアクロバテックなヴォーカルスタイルを変化させ、独特の味のある歌唱法を完成させた。

元ツェッペリン中で唯一現在でもパーマネントなバンドを組んで精力的に活動している。
解散後はツェッペリンでも見せていたケルト音楽や民族音楽を大きく取り入れたサウンドを志向する事が多い。

ジミー・ペイジ

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ジェームス・パトリック・"ジミー"・ペイジ OBEは、イギリスのロックギタリスト、作曲家、プロデューサー。エリック・クラプトン、ジェフ・ベックとともに3大ギタリストと呼ばれる。

当時の音楽ジャーナリズムからは「1970年代のパガニーニ」と形容され、世界で最も成功したロックバンドの一つであるレッド・ツェッペリンのギタリスト兼リーダー。

レコード、ステージなど全般のプロデュースも担当した。イングランドロンドン出身。身長180cm。
ローリング・ストーン誌の2003年8月号のカバーストーリー「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」に於いて第9位。

デビュー当時

デビュー当時、アルバムは若者にとってまだまだ高価であったため、先ずはシングルを出し、それをラジオやテレビで流した上でレコードを買ってもらうのが普通であったが、彼らが本国イギリスで発売したシングルは解散前年である1979年の『ホット・ドッグ』一枚のみである。 また、海賊盤CDやブートレッグ・ビデオなど、非公式に販売されている音源の種類も世界最多と言われている。 1995年には「ロックの殿堂」入りを果たし、2004年には日本ゴールドディスク大賞を受賞。2005年にはグラミー賞(功労賞)を受賞。2006年にはUKミュージックの殿堂「UK Music Hall Of Fame」入りを果たしている。

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