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   <title>真っ赤な飛行船</title>
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   <subtitle>レッド・ツェッペリンについて</subtitle>
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   <title>デビュー後の快進撃</title>
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   <published>2010-02-14T05:33:21Z</published>
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      <![CDATA[1968年に録音したアルバムのテープは、ペイジとマネージャーのピーター・グラントとの共同出資によるものでした。

そのテープを持って渡米したグラントは、当時としては破格の20万ドル（当時の日本円にして約7200万円！）でアトランティック・レコードと契約します。

グラントがマネージメントしていたジェフ・ベックがヴァニラ・ファッジとのアメリカツアーに参加できなくなった代わりにレッド・ツェッペリンを送り込み、12月26日から参加させました。

このツアーでツェッペリンは爆発的な評判を呼びます。

そして1969年、アメリカで発売予定のデビューアルバムに5万枚の予約が入って全米10位、イギリスでは3月に発売され、全英6位となっています。

<img alt="1stAl.jpg" src="http://oihartzuna.net/1stAl.jpg" width="200" />

いきなりの大人気だったわけですね。

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   <title>バンド名は誰の口癖から？</title>
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   <published>2010-01-16T04:11:28Z</published>
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      <![CDATA[<img alt="hikousen.jpg" src="http://oihartzuna.net/hikousen.jpg" width="200" />

1966年5月16日、ジェフ・ベックのソロ・シングルの録音のため、ジェフとジミー、ジョン、ニッキー、キースの5人によるセッションが行われました。

このセッションはとても充実したものだったそうです。

そのために5人中4人は、このままバンドとしての活動をすることを希望しましたが、ジョーンズが乗り気でなかったことと、いいシンガーが見つからなかったことを理由にその計画はなくなったそうです。

その時にムーンが「もしも俺たちが今いるバンドを辞めたら、きっと向こうは鉛の風船みたいに急降下だろうぜ、いや、鉛の飛行船（lead zeppelin）かな？」と発言したことによって、このバンド名が誕生したそうです。

この「going like lead Zeppelin」というセリフは、ムーンの口癖だったそうですよ。

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   <title>New Yardbirds featuring Led Zeppelin</title>
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   <published>2009-12-26T03:16:46Z</published>
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      1968年10月15日、サリー大学でのイギリス初のコンサートではNew Yardbirds featuring Led Zeppelinと名乗っています。

ヤードバーズはアメリカのマディソン・スクエア・ガーデンでコンサートをしたほどのビッグ・ネームでしたが、古いポップグループのイメージが残る名前と決別したかったため、改名したといわれています。

ヤードバーズの音楽性を継承しつつも、ブルースベースのハードロックをより推し進めた彼らの1stアルバムにおける音楽性について、同じミッキー・モスト・プロダクションにいた（第一期）ジェフ・ベック・グループがヒントであったといわれることがあります。

ジェフ・ベックはツェッペリンのステージを見て「あれは俺のパクリだ」と言ったらしい・・・。

しかし、ツェッペリン結成時の状況をみると、音楽性が似通っていることは偶然であった可能性もありますよね。


      
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   <title>結成までの長い道のり</title>
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   <published>2009-11-04T08:11:03Z</published>
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      <![CDATA[そんなこんなあった後に・・・

すぐにテリーから「シンガーを見つけた」とペイジに連絡があります。

テリーはバクストンで共演したバンド・オブ・ジョイで歌っていたロバート・プラントを推薦しました。

ペイジも納得してロバートを引き抜き、今度はロバートがバンド・オブ・ジョイにいたことのある

ドラマー、ジョン・ボーナムを推薦します。


<img alt="redtueppe.jpg" src="http://oihartzuna.net/redtueppe.jpg" width="300"/>



ボーナムはプラントの紹介でアメリカのシンガー、ティム・ローズの UKツアーに参加しており、

そのステージを見たペイジは、彼をバンドに加えることを即決！

ですがボーナムは当時バンドへの加入を頑なに拒んでいたため、プラントとグラントの2人で

電報を打ちまくって説得！半ば強引にツェッペリンに加入させたといわれています。

しかし、ドレヤがメンバー探しの途中にカメラマンになりたがり脱退・・・。

そこで前からペイジと知り合いだった、ベーシスト兼キーボーディストのジョン・ポール・ジョーンズ

を誘います。

そして ヤードバーズとしての契約が残っていたスカンジナビア・ツアーを

New Yardbirdsと名を改めて決行！

この時すでにレッド・ツェッペリンのデビューアルバムの曲が演奏されています。





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   <title>メンバー探し</title>
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   <published>2009-10-29T02:54:43Z</published>
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      ヤードバーズは1968年7月7日のコンサートを最後に、キース・レルフとジム・マッカーティが脱退・・。

クリス・ドレヤとペイジは同じミッキー・モスト・プロダクションにいたテリー・リードとプロコル・ハルムのB.J.ウイルソンをメンバーに誘いますが、テリーには自らのバンドのアメリカツアーが決まっていたため断られ、ウイルソンにはプロコル・ハルムが成功しているとして断られました。

メンバーを探すのにも一苦労です＾＾；
      
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   <title>ジョン・ヘンリー・ボーナム</title>
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   <published>2009-09-30T12:52:49Z</published>
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   <summary> ジョン・ヘンリー・ボーナムは、イギリスのミュージシャン。 ロックバンド、レッド...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="14.jpg" src="http://oihartzuna.net/14.jpg" width="250" height="256" />

ジョン・ヘンリー・ボーナムは、イギリスのミュージシャン。
ロックバンド、レッド・ツェッペリンのドラマー。

その死後も、当代のロックドラマーたちに大きな影響力を達し続けている名ドラマーです！
あだなは「ボンゾ」、ゾンビじゃないですよ！
息子さんは、ロックドラマーのジェイソン・ボーナムなんですよ～。
親子ともにドラマーなんてカッコいいですよね！

独特のグルーヴ感、タイム感を持っていて、そのヘヴィなドラムスでツェッペリンの音楽に中心的な役目をしていますね。先頭に立って引っ張っていく要素ですね。

今でも沢山のドラマーに影響を与え続けている偉大なアーティストです！尊敬します！
彼のドラミングはヒップホップシーンにおいてすら言い伝えとなっているんですよ～～。

と、書いていますが1980年に亡くなっている方なんです；；]]>
      
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   <title>結成</title>
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   <published>2009-08-15T08:27:46Z</published>
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   <summary> スタジオ・セッション・ギタリストを経てエリック・クラプトン、ジェフ・ベックに続...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="Led_Zeppelin.jpg" src="http://oihartzuna.net/Led_Zeppelin.jpg" width="274" height="205" />

スタジオ・セッション・ギタリストを経てエリック・クラプトン、ジェフ・ベックに続く、ヤードバーズ最後のリードギタリストとなったジミー・ペイジ。

バンドの録音を体験するうちに、レコード制作に求められる心がけや信念やボーカリストの重要性に目覚めて、偶然というのも加わってオーソリティーともいえるそれぞれのパートのメンバーを集めて結成されました！
本当に偶然が重なって、そして個性的な仲間も集まってと・・・・。
運命的ですよね＾＾]]>
      
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   <title>ジョン・ポール・ジョーンズ</title>
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   <published>2009-07-23T12:51:52Z</published>
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   <summary> ジョン・ポール・ジョーンズは、イギリスのミュージシャン。 ロックバンド、レッド...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="13.jpg" src="http://oihartzuna.net/13.jpg" width="250" height="166" />

ジョン・ポール・ジョーンズは、イギリスのミュージシャン。
ロックバンド、レッド・ツェッペリンのベーシスト。本名はジョン・ボールドウィン。愛称は「ジョンジー」。

ベースだけではなく、幅広い楽器を好み、卓越した技術と安定した演奏力でツェッペリンの演奏を支えまました！！

今では、アレンジや若手バンドのプロデュースの仕事に、ライブを行ったり、自分のソロアルバムをリリースしたりと気ままにマイペースに活動していますよ～＾＾]]>
      
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   <title>ロバート・アンソニー・プラント</title>
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      <![CDATA[<img alt="12.jpg" src="http://oihartzuna.net/12.jpg" width="250" height="188" />

ロバート・アンソニー・プラントは、イギリスのロックシンガー。レッド・ツェッペリンのリードヴォーカリストとして特に有名である。レッド・ツェッペリン時代のニックネームは「パーシー」。

その神がかり的な広い音域を自在に操る歌唱力、凄まじい声量、美しいルックスで世界中のロックファンを震撼させたが、喉を痛めた1973年以降は初期のアクロバテックなヴォーカルスタイルを変化させ、独特の味のある歌唱法を完成させた。

元ツェッペリン中で唯一現在でもパーマネントなバンドを組んで精力的に活動している。
解散後はツェッペリンでも見せていたケルト音楽や民族音楽を大きく取り入れたサウンドを志向する事が多い。]]>
      
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   <title>ジミー・ペイジ</title>
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   <published>2009-04-30T12:49:29Z</published>
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   <summary> ジェームス・パトリック・&quot;ジミー&quot;・ペイジ OBEは、イギリスのロックギタリス...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="11.jpg" src="http://oihartzuna.net/11.jpg" width="186" height="245" />

ジェームス・パトリック・"ジミー"・ペイジ OBEは、イギリスのロックギタリスト、作曲家、プロデューサー。エリック・クラプトン、ジェフ・ベックとともに3大ギタリストと呼ばれる。 

当時の音楽ジャーナリズムからは「1970年代のパガニーニ」と形容され、世界で最も成功したロックバンドの一つであるレッド・ツェッペリンのギタリスト兼リーダー。

レコード、ステージなど全般のプロデュースも担当した。イングランドロンドン出身。身長180cm。
 ローリング・ストーン誌の2003年8月号のカバーストーリー「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」に於いて第9位。]]>
      
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   <title>デビュー当時</title>
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   <published>2009-04-30T12:48:25Z</published>
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      デビュー当時、アルバムは若者にとってまだまだ高価であったため、先ずはシングルを出し、それをラジオやテレビで流した上でレコードを買ってもらうのが普通であったが、彼らが本国イギリスで発売したシングルは解散前年である1979年の『ホット・ドッグ』一枚のみである。 また、海賊盤CDやブートレッグ・ビデオなど、非公式に販売されている音源の種類も世界最多と言われている。 1995年には「ロックの殿堂」入りを果たし、2004年には日本ゴールドディスク大賞を受賞。2005年にはグラミー賞(功労賞)を受賞。2006年にはUKミュージックの殿堂「UK Music Hall Of Fame」入りを果たしている。
      
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   <title>3億枚を突破している</title>
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      常にマスメディアと距離を置き、最初期を除きテレビでは殆ど演奏しなかったが、小さなクラブや大学のステージでの歌と演奏の凄まじさが口コミで伝わり、人気を獲得していった結果、アルバムセールスや観客動員数では大きな記録を残した。現代においてもツェッペリンのアルバムはアメリカだけでも年に100万枚以上を販売する実績を誇り、通算では1億枚を超える。こうした実績は、エルヴィス・プレスリーやビートルズ に匹敵するものである。なお、全世界でのアルバムセールスの累計は現在のところ3億枚を突破している
      
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   <title>乱痴気騒ぎ</title>
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   <summary>『レッド・ツェッペリン I』でデビューした彼らは音楽シーンに衝撃を与えると同時に...</summary>
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      『レッド・ツェッペリン I』でデビューした彼らは音楽シーンに衝撃を与えると同時に広い人気を得たが、オフステージでの乱痴気騒ぎは酒池肉林を地で行く激しさで、プレスの眉をしかめさせた。また新人としては破格の、アルバム5枚で20万ドルというレコード会社との契約金は、ヒッピー文化の色濃い当時にそぐわぬ華々しさであり、その素行などは常にマスメディアからの攻撃の的であった。またテレビでの演奏を拒否し、プレスに対し辛辣な態度を取るツェッペリンにマスメディアの大勢は、熱狂する聴衆と市場に反してバンドの解散まで酷評し続けていた。
      
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   <title>Zep</title>
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   <summary> 1970年代、世界的な人気を誇ったロックバンドである。日本においてもデビュー後...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="10.jpg" src="http://oihartzuna.net/10.jpg" width="250" height="169" />
1970年代、世界的な人気を誇ったロックバンドである。日本においてもデビュー後すぐにスーパースターとなり、1971年の初来日公演は日本の音楽史上に残る伝説となった。

1960年代中頃、イギリスの若いミュージシャンの間では、本国アメリカでは忘れられていたブルーズがブームとなっていたが、それをさらにドラマティックにした彼らは後の世代にハードロックと言われる音楽を世界中に知らしめた。また彼らの楽曲にはアコースティックナンバーも多く、ブリティッシュ・トラッド、フォークから中近東音楽に渡る幅広い音楽性を持ち、1960年代のビートルズとはまた違った方法論でロックの限界を押し広げた。]]>
      
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